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15 May
, 2001
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Nr.017 樽流し


 瀬戸内の海を見ると、四国・香川県と岡山県の境界線は、大抵の岡山県人が驚くほどに、岡山側の陸地ぎりぎりに引かれている。

この境界線の決定をめぐって、有名な伝説が残されている。

270年以上昔、この境界線の要となる大槌島の所属をめぐって、備前藩と、高松藩の間に境界論争が起こった。大槌島は小さな無人島で、その陸部分に価値はほとんど無い。ところがその周り東西12キロの浅瀬は、鰆の絶好の産卵場所で、「大曽の瀬」と呼ばれていた。

大槌島領有は、即ち備讃瀬戸随一の漁場を支配することになるのだ。備前藩家老の伊木長門は、争いの相手が親藩の高松藩なので、頭を痛めていた。

そこで、知恵者で口が立つと評判の管野彦九郎を、大庄屋格に昇格させ、裁定場所の江戸へ派遣した。彦九郎は、現在の児島小川である、小川村の名主だった。その大抜擢に答え、彦九郎は、すばらしい知識と弁舌で有利な結果を引き出してきた。詮議は、幕府役人10名により担当されたが、中には、大岡越前の名前もあったりする。
その内容は、

「境界線を証拠だてる物は何もない。 前々から鯛などの献上が、双方によってなされており、 双方ともが、漁をしていた事は明らかだ。 大槌島は讃岐に寄っているが、 島の北側には、日比村(本州側)の者が開いた畑がある。 以上を詮議の結果、大槌島の中央を両国の境とし、 漁場も北側は備前藩、南側を讃岐藩と定める」

彦九郎の名声は上がったものの、境界線が、大槌島に引かれたに過ぎない。彦九郎は、これを足がかりにまだまだ不相応に広く感じられる讃岐側の海を削り取ろうと考えた。

彼は、優秀で弁舌が立つだけでなく、努力家で、マメだった。大庄屋格に抜擢された数日後、彦九郎は大槌島に渡って調査した。

高い位置から眺めた備讃瀬戸は、大きな川のように潮が流れていく。木切れが浮かんでいるのが見えたかと思うと、潮の流れに乗って、島の南側を大きく回りこみ、グッと讃岐側によって流れて行った。

陸地の場合は、山の稜線や谷、川の中心など、明確な境界線を引き易い。しかし海の場合は、島以外に境界線を求めるのは難しい。が、潮の流れは、海の中の大きな川と言うべきもので、充分に主張できると彦九郎は考え、早速、樽を流してみた。

すると、さっきの木切れと同じように、間違いなく南側へ大きく回りこみ、讃岐側を、まさにえぐるように流れて行った。彦九郎は、これはイケる!と考えた。

そこで彼は、讃岐側に、「両国の国境を樽流しで決めたらどうか‥」と持ち掛けた。讃岐藩は、思いの外、非常に乗り気で応じてきた。彦九郎は、勝負は相手に考える暇を与えない方が良い‥と考え、一番近い大安吉日を選び、双方の役人を立ち会わせた。

約束の時間より、ごく僅かだが、讃岐の者達は遅れて来た。境界線を決める大事な時に、時間に遅れるようでは勝ちは貰った、と彦九郎は勝利を確信した。そして、意気揚々と樽を放りこんだ。

しかし!

樽は彦九郎の頭に描いた軌跡を大きく裏切り、どんどん備前側に近寄ってきた。真っ青になって慌てふためく彦九郎。

試しに樽を流した時は、与島の南を通ったハズの樽が、与島どころか、釜島と室木島の間を通り抜けた。

さらに樽は西に進み、松島の南をすれすれに通って、下津井瀬戸の真ん中をゆっくりと進み、六口島の南をぐるりと回って、夕靄に包まれた水島灘へと消えていった。

茫然自失の彦九郎を見ながら 讃岐の使者は言った。

「彦九郎殿。貴殿の御期待は裏切られたようですが、 お約束ですから、致し方ありますまい。 念の為申し上げておきますが、潮流は、時刻によって方向が変わります。 本日、樽を流した時刻が、ちょうど潮の動き始めた時刻でしたので、 このような結果に終わりました。もう半時前ならば、樽は貴殿の思惑通りに流れておったでしょう」

讃岐側が少し遅れて来たのは、こんな理由があったのか‥
と思ってみても後の祭。

「左様であったか。海のコトは存ぜぬ我が輩の失敗でござった。 海はやはり讃岐側にお任せ申す」

と言う彦九郎の顔は苦渋に満ちていた。策士・策に溺れる。一枚上手を行かれた彦九郎であった。

本当は、それより前に、両藩の合意を持って決められていたそうであるが、人との交渉は策略でなく誠意を持ってあたれ…として残しているのだろう。そう、策略を巡らし、主張し過ぎると、樽は自分の懐をえぐって流れていくに違いないのだ。




by アルケミー・えんしゅう


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