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15 May
, 2001
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Nr.016 倉敷・狐物語 その2 水別


 “七つ池”、印象的な地名だと思う。現在の倉敷がまだ海の底だった時代にも、ここは多くの人が集い賑わっていた。

標高が高いので、農業用水には苦労があった。そのため、貯水池が7つも連ねられている。これらの池が千年以上前に築造されたという事とあわせて、我々は この一帯を「七つ池」と呼び続けてきたのだろう。

さて この七つ池に沿って通っている、倉敷市[生坂]〜山手村[平山岡谷]のルートは、昔から重要な交通路であった。現在でも倉敷から総社方面へ向かう時、最短はこの道だろう。かつては、海側の下津井、呼松、また遠く塩飽諸島から、鮮魚を行商する時、山の北へ行くにはこの道を、必ず通ったのである。

この峠道は、正式には“広谷峠”だが、我々は、こちらも“水別”(みずわかれ)と呼び続けてきた。いかにも分水嶺を感じさせる地名だが、多くの意味が込められているような気がしてならない。

例えば、海の町に住みながら、山の町に行商に行く人にとって、この峠を越える事が、海と別れること、つまり水に別れを告げることになるから…かも知れない。あるいは、この峠に雨が降って、それが本当に山の北側と南側に別れて流れたのが見えたから…かも知れない。

けれどそれよりも、化け物を見ずに別れる事…を願って呼んだような気がしてならない。

そう、この峠には、日暮れると必ずと言って良いほど、出ていたのである。化け物と出会う確率が高いのは、商人。それも、日用品を商っている者でなく、魚介類を携えて往来する者である。

… … …

下津井は吹上(ふきあげ、倉敷の南端の漁港)の行商・竹次は、道に何かが通せんぼをしているのを見つけ、立ち止まった。少し待ってみたが、その物体は道をふさいで、一向に動く気配がない。

暗いのでよく分からないが、岩のような物らしい。道は一本しかないし、日は暮れている。ここを通らなければ帰れないのである。試しにその岩らしき物を軽く蹴ってみた。すると、一瞬にして5メートル以上の大入道になり、襲いかかってきた。竹次は背中に魚の売れ残りを背負い込んでいたが、そんなものは放り出して、命からがら、坂を転がるように逃げたのである。

… … …

呼松(よびまつ、吹上より半里ほど西の漁港)から来た武介は、暗い中、娘の泣き声が聞こえてくるのに気がついた。しくしくという、悲しげな声に引き寄せられるように近づいて行くと、真っ暗闇の中で妙に白いうなじが浮き上がって見える。艶めかしいその後ろ姿に、普段は引っ込み思案の武介も「どないしたん?」と声をかけた。泣き声に混じった、か細い声で、足をくじいて歩けない…という。これを聞いて武介、こんな色っぽい娘を背負って歩けるなら、坂も苦にならないし、幸い行商の魚も残り2匹だけ、娘に持たせれば良い…と考え、背負って下の村へ送る事にした。

そして坂を降りきった場所で、
「娘さん、あれが庄屋さんの家じゃけん、あそこへ行こうか」
と声を掛けたが返答がない。
フッと振り返ると、娘は岩に、魚の包みは馬糞になっていたという。

また、塩飽から行商に来ていた者にいたっては、7つ池の一つに落ちて、溺れ死にさえしたのである。魚は狐の好物だったから、魚の行商人は皆、少なからず被害を受けたのである。

この被害に業を煮やし、捨て置けない…と塩飽(しわく)の魚問屋が、魔除けの地蔵尊を寄進し、水別れの北側約100mの降り坂、“宿”と“三軒”の分かれ道に建て、祈祷を行った。それが功を奏してか、それ以来、化け物は出なくなったそうである。

古き良き時代には、狐の最高の舞台となった寂しげなこの峠も、今では、車の往来が夜も激しい。もし出たとしたら、今度は狐の方が命を落としそうである。



by アルケミー・えんしゅう


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