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15 May, 2001
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Nr.015 倉敷・狐物語 その1 四軒屋
幼い頃から、「五軒屋」という地名は良く耳にした。
倉敷に住む者にとって、呼松や連島という邑へ分岐する、交通の要所だったからだろう。
小学生になると、粒江に「八軒屋」という地名があるのを知った。
では、もしかすると、他に三軒屋とか七軒屋などという地名があるかも知れない‥と、昔の地図を探してみた。
すると、三軒屋という地名が見つかり、妙にうれしかった。
現在は使われていないようだが、富井の西あたりである。
これらの地名は、それだけの軒数の集落と考えるのが妥当だろう。
想像するべきは、広々とした田んぼなどの中に、名前通りの件数の家が建っている状況に違いない。
だからこそ、「三軒屋」なのであろう。
この、“三軒屋”という地名を見つけた日の夜、この興奮を母に伝えると、さらに驚く言葉を耳にした。
「何言よん。ここは四軒屋(しけんや)よ」
このタイプの名称は、集まっている家の軒数を表すと同時に、人の集まる町中から離れた部分を指すはずななのだ。
自分の住んでいる場所は、昔から町の中心部で、人が多く住んでいた場所…と思い込んでいたが、実はその昔、“四軒屋”だったのである。
さらに母は続けた。
「あんたのお爺ちゃんが若い頃、この川の雁木(ガンギ=川の水面に近付く為のステップ)に、どこからともなく狐が来てなぁ、ほんで尻尾を水に浸けよぅたんじゃって」
「えー!それで何するん?」
「その尻尾に魚が食いついたのをはね上げ、捕って食べよったんじゃって」
…祖父の若い頃、つまり明治時代なのだが、倉敷の中心部である(芸文館の200mほど西)はずの私の家は、四軒屋と呼ばれ、家が四軒しか建っていなかった。
それだけでなく、魚を捕りに、狐が出現するような、自然に満ちた場所だったのである。
きっと鳥はさえずり、風は優しかったに違いない。
人間は、生活を便利にし、すべてを発展させた。
しかしそれと同時に、色んなモノを過去に忘れて来たようにも思う。
美しい緑や川の流れ、そして動物達の居た自然、何よりもそれらを思いやる心が、一番の忘れ物かも知れない。
遥か昔、四軒屋の一軒から、その狐の尻尾の毛が陽の光に照らされて 七色に輝くのを見ている…そんな祖父の笑顔が見えるような気がした。
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by アルケミー・えんしゅう
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