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15 May, 2001
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Nr.012 すいんきょ その1
阿智神社の祭りは3つ、春・夏・そして秋。
夏祭は「輪くぐり」があって、そこそこ楽しめる。
が、やはり春・秋。
縁日もうち並び、祭の風情を満喫できる。
しかし生っ粋の倉敷っ子にとって、祭と言えば、幼い頃から染み付いた恐怖が頭をもたげる。
それは、「すいんきょ」。
恥ずかしながら、今の歳になっても、そのお面・その姿を見ると、心が割れそうになる。
青森の人が、ナマハゲに対する恐れを、大人になってもぬぐい切れないのと同じだろう。
4歳の頃だった。今でも鮮明に脳味噌に刻み込まれている。
「絶対にすいんきょを見ても泣かない」‥と親に誓い、揃って秋祭に出かけた。
手を引いてくれる親に、その言葉を繰り返しながら、
鶴形山を目指した。
が、観龍寺の山門前の階段を上がるごとに、恐怖はエスカレートしていく。
阿智神社の境内に上がる階段の手前、囲むようにずらりと縁日屋台が出ている辺りに「すいんきょ」は多く出没する。
従って、そこまでは大丈夫…と思っていた。
が、その日は観龍寺の山門前を過ぎて少し上がった辺りに、既に一匹(すいんきょを数える単位は、倉敷っ子は「匹」を使う)が居たのだ。
ぞぞぞ〜っと背中に電気が走った。
そして親の陰に隠れながら歩いた。
しかしそんな子供を目ざとく見つけた「すいんきょ」は、軽やかな足取りで近づいて来る。
「見つかったのは僕じゃない!」と自分に言い聞かせながら、角度を調節して陰に隠れる。ちょうど斜め後ろに、同じ様な子供がいたので、そちらへ近づいていく…と思いたかった。
しかし、「すいんきょ」は、私の親の前に立った。
陰に隠れながらも、母親の腕のわずかな隙間から、恐る恐る見上げていく。
「すいんきょ」は、薄い茶色のモモヒキ、濃い緑か紺色の上着。
白抜きの唐草模様が、目のレンズを通って脳に焼印のような焦点を結ぶ。
服の上に乗っている顔は、遠くの裸電球に照らされ、
おぞましい黄土色で闇の中に浮き上がる。
「すいんきょ」の顔は、闇の中を微妙に揺れながらグ〜ッと沈みこんで、私の顔の前に停止した。
土色の面は、いやらしくツヤツヤと光っていた。
反射光は、盛り上がった頬骨の頂点辺りではね返り、私の目を突き刺した。
異様に細くなったあご、半端なカタチで唇のない口、
銀色に光る髪の毛、そして何よりも小さく窪んだ目が、
私の命を吸い込んでしまいそうに感じた。
親の陰に隠れながらも、必死に耐える私に、この「すいんきょ」は、恐ろしい顔をゆっくりと傾けた。
薄暗い中、陰影と深いツヤが輝きを持ち、能面にも負けない不気味な表情を作り出す。
「泣かん。泣かん!」と言い続けながらも、気がつくと、ワ〜ンと大声を上げていた。
懸命に頑張った幼い子の頭を、「すいんきょ」は、骨だけになったうちわで、ピシッと一発、叩いた。
叩かれると無病息災・学力優等になるという。
確かに痛かったが、それよりも恐さと悔しさが残った。
そして「すいんきょ」は、次の獲物へ向けて走った。
闇に吸い込まれるように消えていく、その赤いタスキをかけた後ろ姿は、妙に力強く見えた。
「すいんきょ」の“す”は、素うどんの“素”。
隠居は現役を退いた老人。
つまり、“ただの年寄り”‥という意味だと知ったのは、中学校になってである。
素隠居の別名、「じじばば」の意味、そして本質的な意味は、ただ(優しいだけ)の、お爺さん・お婆さんである。
そう判った今でも、素隠居が恐いのは、私だけなのだろうか。
嗚呼、祭の雑踏の、裸電球が届かない闇の中、黄土色の面が駆けて行く。
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by アルケミー・えんしゅう
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