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__ | ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ | ▲top page Nr.006 千年比丘尼(センネンビクニ) 海岸線が後退して陸になったのは旧倉敷だけではない。少し西寄りの“玉島”も名前通り、現在は山になっている部分の、かなりの標高までが海だった。山陽自動車道・道口パーキングの東、“亀山”という地が海岸だった頃の話である。 この地の網元に異様な魚が届けられた。下半身は大振りな魚だが、上半身はウロコに被われながらも人間の子供のようである。胸ビレの替わりに孫の手のようなモノが突き出しており、今にもつかみかからんばかり。目を見開いたままの顔は、地獄の底からニラミつけるような形相である。 気味が悪く、とても自分が食べる気にはなれない。しかしその日は秋祭で、魚が一年中で最高値で売れる日なのである。今日寄り合う親族にはこの異形の魚を分からないように料理して出し、手元にある魚は全部売り払ってしまおうと考えた。 ところが元来、魚が豊かな土地で、目も利く者ばかりだから、不気味に思って誰もハシを付けようとしない。かといって、残したまま帰るのは失礼になる。結局、皆が紙に包んで懐に入れ、持ち帰った。そして、帰る道すがら捨てたのである。 しかしこの時、しこたま酔った男がいた。この男だけは、捨てる前に道端で眠りこけたところを、家族に抱えられて家に帰った。家の中で、懐から転がり出た魚を、ちょうど腹をへらしていた娘が食べてしまったのである。この娘が大人になり、養子を迎え、子供を産んだ頃から、この話が本題に入る。 彼女自身の時が止まってしまったのだ。夫はどんどん年老いていく。しかし彼女は若いまま。若つきな彼女を自慢していた夫も、シワだらけになった自分の横でいつまでもつやつやしている彼女を横目に見ながら、息を引き取った。彼女は悲しみの底に落ち込んだ。しかしそれだけでは止まらず、知り合いや友達はどんどん死んでいく。それでも彼女は年をとらず若いままだった。 さらなる時が過ぎ去ると、もっと大きな悲しみが待っていた。自分の産んだ子供達がいつの間にか年老いて、自分より老け込んでいるのだ。そして夫の時と同じように、自分の手の中で死んでいった。さらに孫が、そしてその次の世代が…。ついには、彼女を知る者は誰も居なくなった。いや、身内や友人、知り合いを次々と看取るのが辛く、係累を断ち切ってしまったのだ。世をはかなむ気持ちは募り、とうとう黒い髪を切り落として比丘尼になり、近くの坊山に庵を結んだ。 そして普通でなくなったあの日から二百回目の同じ秋祭の日のことである。野を渡る太鼓の音と、浮かれ声は彼女の心をかきむしった。たまらず彼女は、旅立ちの決心をした。村人は見送りに際し帰って来る事を望んだ。比丘尼も帰る事を約束し、杖を岸辺に突き刺した。 旅先は若狭方面だったという。玉島から旅に出た人が、若狭の庵で出会ったとのことである。彼女は出身地・亀山を懐かしんだが、帰ってくる事はなかった。若狭で、「八百比丘尼」の名で紹介されるのは、亀山で過ごした二百年が差し引かれているからだろう。どちらにせよ、人類究極の理想?とされる不老不死を得、最高に幸せなハズの女…の悲哀なのである。 権力・地位・財…すべてを手に入れた中国の皇帝が、最後に望んだのが「不老不死」だった。永遠の命こそ人間の究極の欲求なのかも知れない。しかしそれを果たしても、途方もなく辛く悲しく切ない結果が待っている。人類究極のワガママ=不老不死に対するアンチテーゼとして、この千年比丘尼は存在するに違いない。 by アルケミー・えんしゅう |
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