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__ | ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ | ▲top page Nr.004 阿智神社 倉敷周辺の神社を見渡すと、必ず小高い山や丘の上にあるのにお気づきだろう。これは、かつて倉敷が海の底だったことを意味する。それも太古の昔ではなく、わずか200年程前である。より深い歴史を持つ神社は、当然ながら海に浮く小島にあった。そして現在は必然的に山や丘の上に存在する訳である。 さて神社は、神を祭る所だ。普通は神様は一人なのだが、阿智神社は違う。三人、しかもうれしいことに女神様なのである。まるでキャンディーズ(古くてゴメン)…となれば、オヤジとしてはつい盛り上がってしまう。 いや、オヤジだけであってはならない。なぜならこの三人の女神は、大陸から進んだ技術を日本にもたらしたフロンティアだからである。機織りなど当時最新鋭の技術を、日本に伝えに来たキャリア・ウーマン…女性にとっても憧れの対象となって然るべきなのである。 さらに本殿の周囲に祭られている神々は、あまりに多彩で驚かされてしまう。あなたの思い浮かぶ日本の神様の名前をできるだけ挙げてみて欲しい。それは、必ずここに「おわします」から。 日本武尊(「ニホンブソン」じゃないよ、ヤマトタケルノミコトだよ)、天照大神(アマテラスオオミカミ)、大国主命(オオクニヌシノミコト)、吉備津彦命(キビツヒコノミコト)etc… 果ては、お稲荷さんの祠まである。こと多神という点に関しては、ギリシャのオリンポスの山や、西王母の蟠桃の会にもヒケを取らないと私は思っている。 まるで、神様のバーゲン・セール?と感じさせるほどの賑わいだ。が、神社の境内に立ってみると空気は荘厳、決して安売りではなく、この神社が崇高な地である証明ではないのか…と思えてしまうのだ。 もしかしたら神無月、出雲へ集まる神々が、途中ここで羽を休め、三人の女神にもてなされたのかも知れない。それとも、神代の昔の歴史が残る吉備周辺で、伝説の鬼“ウラ”退治に活躍した神々の、前線基地だったのかも知れない。 ちなみに、神社の名前である「阿智」は、大陸から文化使節として来日・帰化した、“阿知使王”(あちのおみ)に由来する。彼と、その側近の定住した場所には、この名(阿知町・西阿知…など)が残っているのだ。 この神社に上がるのは、大原美術館の前から行くのが良い。イオニア式建築の美術館の前の今橋から100m程進んだ場所にある階段で観龍寺の山門前まで登ったら振り返って欲しい。 一瞬、眼下に箱庭のように倉敷が広がる。大原美術館や緑御殿、文化センターや中国銀行本町支店、市立美術館や国際ホテル…。街から離れ、神社に近づくことで、まるで時と空間の狭間に立って3人の女神を背負っているかのような感覚を覚えてしまうのは、決して私の独りよがりではないだろう。 本殿のある頂まで、踏みしめる山の名前は鶴形山。詩人=月岡鹿門が「…鶴の飛べるに似せるなり」と詠んだから命名されたという。鶴の背に立てばきっとあなたは、神世の昔から現在までの、時の流れを駆け抜けることができるに違いない。それが倉敷の歴史という名の、終わることのないストーリーなのである。 by アルケミー・えんしゅう |
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